2003年12月06日

■ はじめての日本語

ぼくがはじめて使った日本語は今でも覚えています。

母国から日本に来たときアメリカ→カナダ→日本というなが〜い旅をしたのだ。カナダで2日間ほど観光してから日本に来たので体を休めてから日本に発った。おかげで旅はそれほど苦痛ではなかった(若かったしね。当時14歳)。本来ならば休みなしで日本に来たりするので約25時間ぐらいの覚悟は必要。

まあ、それはおいといて、母国からアメリカまでの間の飛行機での会話は英語だった。英語が得意なお母さんがいたので全ての会話をお願いしてぼくは何もしなくても良かった。こうやって問題なくはじめての飛行機体験を終えた。ところが、カナダで観光が終わって日本へ飛び立つ飛行機の中では日本語が通じるとお母さん噂を耳にはさんだもんだから「ここからは何かほしかったらスチュワーデスに直接日本語で言ってみて」と言われてしまった。んなアホな。「ぼくは日系人で実家では確かに少しは日本語のが交わされるけど、会話をするということではなく、片言をぽっつんぽっつんみんなが口にするだけという程度だよーお母さん。知ってる?覚えている?」って思わず言いたくなった。

実はぼくが日本に来る前に日本語学校に2ヶ月間ぐらい通ったのだ。挨拶や基本的な文法などについて一通りやったのでお母さんは大丈夫だと思ったのだろう。(今思えばぼくが学校に通った成果を見たいと思ったのだろう)ちょっと無茶なお母さんと思いながら、これから日本で生活していくのであればもちろん日本語を使わなければならないだろうし、両親が仕事に行ったときぼくが一人になるのは平気かどうかと見たかったんだろう。

ただ、日本語を話すのに心の準備が必要だったのでフライトの前半は特に何も話さず無口で考え事ばかりしてた。フライトの後半に差し掛かったとき頭痛がしてきてこれはチャンスに違いいないとその辺にいた日本人らしきスチュワーデスに向かって「アタマ・・・イタイ」そして今にも死にそうな表情を作り気分の悪さを訴えるぼくがいた。そのスチュワーデスはすぐに理解してくれて「今すぐ頭痛薬をお持ちいたします」らしきことを言うってくれた気がする。(頭痛がひどかったことで何を言われてもそれを処理する能力はなかった)。本来ならば「頭痛がするので頭痛薬をいただけませんか」などと言いたいところでしょうが、当時はあれが精一杯だった。

こうやって日本語を母語とする人間とはじめて会話を交わしたのである。あれから14年間が経過。今は「てにをは」はつけたりするが、意味不明な発言が減らないらしい。→「てにをは」をつければいいということでもないらしい(汗)

Posted by zRyu at 14:09 | Updated at 2006年 3月 21日 23:13 | Post 0 Comments & 0 TrackBacks


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